新年一発目のエントリー。日記系雑感駄文。
再開するとはいいつつも、結局、昨年中はまばらにしかエントリーできなかった。たぶん調子よくエントリーできるようになるまで、もう少し時間が必要な気がする。エントリーできなかった理由は単純。仕事上のコンディションの変化が激しくて、情報収集する時間がまるで見つけられなかったこと、新しくBLOGを立ち上げてしまったこと、この二つが主な原因だ。
エントリーすること自体への興味は薄れているわけではなく、VOXにアカウントを作って、不定期ながら週一くらいのペースでそちらにエントリーを投げ込んでいる。しかし社会で起こったできごとへのリアクションとしてのエントリーは一昨年末くらいから激減している。昨年来投げ込んできたエントリーのほとんどが音楽ネタであり、それはあくまでも個人的な行動から生じた内面の変化を記録したに過ぎない。その様子は、まるで外界で生じるさまざまな出来事へリアクションすることそのものへ興味を失ったかに見える。
そう見えてしまうのにはちょっとした原因があった。いろんなきっかけから昨年の春くらいから某SNSに再び登録することになり、そっちのジャーナルに毎日1エントリー以上というペースで、主にニュース・アーティクルへのリアクションを投げ込んでいた。その習慣はほぼ半年ほど続き、本来ならこっちにエントリーすべき内容のエントリーまで、某SNSのジャーナルに投げ込むようになっていた。それはもうただの惰性の産物としか言いようがない。恐らく、仕事のコンディションが変化していなければ今でもその習慣は続いていただろう。
そんな習慣に陥った理由を今改めて考えてみると、「想定し得る読者たち」の存在が常に自分をドライヴしていたのだと気づく。
ニュースアーティクルへカウンターをあてたときに、まるで知らない人たちに大量に読まれることもあったがそれは例外で、主なレギュラーは知人たちだ。SNSでは確実に読者を獲得できる。しかも読者層を確実に想定できたので、エントリーから自分の思い通りの効果を引きだすことが可能だった。そのおかげで、エントリーすることはとても楽だった。それが「惰性」をどんどん強化していったのだと思う。その気分は、クローズドなリストでメルマガを発行してときに感じるものに等しい。
それは確かに楽しい体験だった。しかし、SNSというクローズドな世界でいくら自分を表現しても、そこに「予想外の広がり」を見つけることは難しい。そんな環境下では、自分の視野が定型化しやすい。いとも容易く自己模倣に陥り、そんな無限ループの中で矮小化を続け、いつしかゆるやかな死を迎える。それがオチだ。
それに気づくと、SNSのジャーナルの気持ち悪さが際立って感じられてならなかった。元来、群れるのがキライな性格なのもあって、その居心地の悪さがピークに達した時、強制的にエントリーを停止し、惰性を消去した。簡単に「消去した」と書いたが反作用がなかったわけではなく、それ以来、BLOGヘのエントリーを気軽に書く事が難しくなってしまった。
「思考実験」という都合のいい言い訳を得て、今まではさまざまなジャンルのネタを気軽に扱うことができた。しかしあのような変遷を経た今、私自身がパブリックに向けて駄文を晒すことそのものの意味を再び吟味することなく、エントリーを乱発することはできない。しかし、ジャーナリストでも文筆家でもない自分が、何か意義深いエントリーを連発できるはずもなく、振りかぶったところで、自分の能力が高まるわけではない。結局、このBLOGをはじめたとき、ふっとひらめいたアイディアに立ち戻ることが必要なんだと思う。
私がここにエントリーすることは、何かを証明したり、自分のプレゼンスを高める、といった実用的な目的とは関係ない。影響力を行使したいわけでもないし、誰かを論破したいわけでもない。そこに高邁な思想はない。それは、BLOGをビジネスに利用したり、ブロゴスフィアのハブとなるリーダーたらんと欲する人たちと決定的に違う点だと思う。
結局、このBLOGは駄文のよせあつめである。自分自身の思考を記録しネットワーク上に晒すことで、いつか、どこかで、誰かの思考を刺激する。そのとてもとても小さな可能性のためだけに存在する。無記名のまま永遠にネットワーク上に晒し続け、私の流した思考が他のどんなエントリーと共鳴あるいは反発し、そこからどんな思考が派生・模倣されるのか見てみたい気がする。
「笑い男」は一通の無記名メールの拾い読みから生まれたが、このBLOGはその無記名のメールになることはできるだろうか。もっとも、このBLOGは告発もしないし、スタンドアローン・コンプレクスをプロデュースするなんてバカげたこともしない。だから、ここがキッカケで「笑い男」が生まれるなんてことはありえないのだけど。
でも、私のゴーストの一部がここに記されていることは間違いない。例えば私が今すぐ死んでしまっても、サーバの契約が切れるまで、あるいはキャッシュが生き残っている間は、打ち捨てられるミームとしてネットワーク上に生き続ける。それはとても小さな出来事だけど、個人的には十分にエキサイティングなプロジェクトだと思うのだけど。どうかなぁ…。
関連:匿名を貫きたい理由。
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