週刊!木村剛
参考:切込隊長BLOG:あだ花化する「マスコミ」批判対「木村剛」批判
参考:切込隊長BLOG:木村剛の「マスコミはいつもこんなに酷いことをするんです」キャンペーンのみどころ
今までずーーーーっと我慢してきたのだが。隊長が書いたので便乗することに。
隊長の論旨をなぞっても面白くないので、いままで気になったことをつらつら書いてみる。
性格がまぢめすぎるのか、狙い過ぎなのかはわかんないけど、キムタケってひとは端から見てるとなかなかオモシロイ人だ。そもそもゴーロクとか呼ばれているエントリーで扱われている内容が経済のハナシなら、まぁ黙ってスルーするのだが。それがマスコミ批判とかメディア論的な内容になるととたんに妖しいかほりが漂ってくる。
あの一連のエントリー群で展開されているトピックの中で個人的にもっとも違和感を感じるのは、BLOGを市民メディアとか表現しちゃう点にある。誤解も交えてざっくり括ってしまうと、要するに彼らはBLOGを世直しの活動拠点に仕立て上げよう、と。ついでにいつかはマスコミに対抗できる勢力に仕立て上げたい、と。そう考えているわけだ。(ついでに言うと、キムタケんとこで言われてるブログの特徴て、よーするに現在のウェブが結果として持ち得ている特徴の一部なのだ。)
「まぁ、がんばってください。」といった大人な対応が肝心なわけだが、それじゃつまらないので茶化してみる。
ぶっちゃけたハナシ、キムタケはマスコミが大好きなのだ。だから批判もしたくなるし、勢い余ってBLOGを既存メディアに対抗できる勢力にしたいと思っちゃうのかもしれない。実際のところ、彼はマスコミを利用しておしごとをしているわけで、そこは彼のフィールドでもあるから、そう思っていても不思議じゃない。
しかし、だ。
BLOGというかウェブは、従来のマスコミ的ありようとは異なる特徴と文化を持っている。そういう性質のものを利用して、既存のマスコミに対抗できるカタチへ変形させていくのは退行としか思えないのだけど。もっとハッキリ書いてしまうと、ウェブに人を動かすチカラがあるからといって、それを糾合して権力に仕立て上げようというのは虚しい野望だと思う。
あくまで個人ベースに展開されるが故の多様性がそのメリット(そしてデメリット)を生み出しているわけで、その流れは今後も変わらないし変えるべきでもない。(プロデュースしている人がいることがあるとは言え)結果として生まれる個人のゆるやかで流動的な集合がウェブの特徴を形成している。また、そうして生まれるスタンドアローン・コンプレクスに対するカウンターを生み出すのもウェブだ。
したがって、その集団は統一したペルソナを持ち得ない。常に自己矛盾を許容する。ある程度一元化された価値観を持つ勢力に対抗する場合、そのような混沌は弱点にしかなり得ないが、その混沌こそがウェブのもっとも興味深い特徴なのだ。もしチカラを得るためにこの混沌を排除する(あるいは統一する)のであれば、そこでは今ウェブが持っているパワーは失われてしまうだろう。ウェブの持っているチカラは結果としてあらわれるもので、それ自体は目的じゃないのだ。
たぶん、私が思うにBLOG(そしてウェブそのもの)は「市民メディア」という枠組みにはおさまらない。世界そのものの鏡のような存在として、自己矛盾をかかえつつ、ただそこに在り続けるだけのものだろう。2chのように。
キムタケはまぢめだから英雄的使命感を背負って世直しに邁進したがるけど、それはとんちんかんな思い込みに駆られているだけかもしれないということは時々思い出すといいかも。>オレモナー
てかさ。BLOGなのに「新聞」てのはどーよ、どうなのよ? BLOGに新聞なんてメタファは必要ないだろ。
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私はウェブ屋なのでそれらしい方向から書いてみたが…あんまり面白くないな。
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