§ コンテンツのディスポーザブル化が招くもの

先日のエントリー『iTunes Music Store Japan が開始されない理由は何か』の続きで勝手に思索にふける。

CDを購入することと、データをダウンロードすることの根本的な違いは、消費者に許される「所有」に対する考え方の違いなのではないかと思う。

コンテンツ権利保有者は違法コピーの氾濫を逆手に取って逆襲に出ようとしてるのかもしれない。

CDか、ダウンロードか

どちらの場合も消費者は対価を払ってデータの利用権を購入するわけだが、購入の結果として得られるものは大きく異なる。

メディア収録されたデータであれば、消費者にはポリカーボネイト製の円盤とジャケットが手元に残る。製造状態と保存状態さえよければ20年程度は保存できる。

一方、データ販売の場合は手で触れるものは基本的に何も残らない。データのコピーには回数制限があり、場合によってはコピーそのものが制限される。どちらにしても、購入したデータを別のメディアに落とす場合はメディアを自前で用意しなければならない。(ジャケ写をプリントするのだって自分でやらなくちゃならない。)

イニシャルはデータ販売を利用した方が安くなる(かもしれない)。しかし、現状のサービスでの販売価格を見ると、アルバム1枚単位で考えれば輸入CDと同額かあるいはそれよりも高くなる。また、長期保存を前提とした場合、メディアの利用形態、利用回数、保存にかかる手間、これらを考慮するとメディア収録されたデータを購入した方がはるかに手軽だ。

したがって、日本市場に限って言えば、消費者にとって最もリーズナブルな選択肢は輸入CDの購入だ。(ついでに書くと、今のところ、輸入CDの場合はCCCDよりもCDで購入できるアイテムの方が多い。)

DRMの真意

いろいろなDRMの仕様を見ると、程度の差はあれ、どのDRMもデータの長期利用を許さないようになっている。

データを長期保存しようとする場合データのコピーは避けて通ることができないが、すべてのDRMはそのコピーそのものに制約を設けている。建前はあくまでも「違法コピー防止」ということになっているが、合法だろうが違法だろうがコピーは制限される。

あくまでも想像だが、マスターに近い情報量を持ったデータを長期にわたって所有させ、数十年以上も消費者をその状態に馴れさせてしまったことをコンテンツの権利保有者は激しく後悔したのではないだろうか。

恐らく、違法コピー騒動に乗じてその状態をリセットしようと考えているような気がする。

最も極端な例は、SONYのLIBRIéにおける書籍データの扱いだ。

LIBRIéでは、書籍データを消費者が所有することができない。一定期間が経過すると利用権が自動的に消滅する。つまりデータをレンタルするのと同じ状態である。

とにかくSONYはユーザの利用実態にかかわらず、ユーザを啓蒙してSONYが提案するデジタル書籍の利用形態へと誘導するという多少強引な方法に賭けた。これが成功するかどうかはわからないが、少なくともコンテンツ提供者の本音が反映された形態であることは間違いないだろう。恐らく、このような利用形態が音楽においても適用されるのは時間の問題だ。

消費者がコンテンツを所有できないことに違和感を持たないようにすることを目指し、時間をかけて徐々に消費者を啓蒙(教育)するというのがDRMに込められた真意だと思う。

そしてコンテンツは使い捨てへ…

仮にその流れを受け入れた場合、ユーザはコンテンツを所有することができなくなる。それはデジタル・コンテンツが「賞味期限」の限定された使い捨て商品となることを意味する。

その場合、メジャー・アイテムからレア・アイテムまでの幅広いラインアップの安定供給が保証される必要がある。そうでなければ一部コンテンツの希少性を高めてしまうため、価格の高騰を誘発ことは容易に想像できる。安定供給が保証されている状態でも完全な自由競争状態は生まれないので、価格は一定のレベルで確実に下げ止まる。また、コンテンツ市場は継続的に消費の望める状態になる。これまでは新作を出すことによってのみ消費を期待できたわけだが、同じ商品にある程度継続的な消費が見込めるようになるわけだ。(実際には、そんなにオイシイ状況にならないだろうが。)

このような状況が生じるのであれば、商品単価はふさわしい価格に抑えられなければならない。同時に、著作権料は引き下げられるべきであるし権利保護期間は短縮されるべきだろう。最終的にそれは実現されると思うが、それまでに多くの抵抗が予想されるであろうから、消費者が割を食うのは避けられないかもしれない。

現実的に考えると、完全コピーが可能であるデジタル・データの性質上コンテンツのコピーには何らかの制限が必要だろう。しかし、AppleのFairplayのように比較的寛容なDRMが採用されないかぎり利用者にメリットは生まれず、単に消費者の負担増につながってしまうだろう。それがマーケットの活性化につながるのか、逆に衰退を招く原因になるのかは現段階ではわからないが、少なくともコンテンツ供給者の権利を見直さなければ、消費者の権利が阻害されてしまう事態が待っていることは間違いないだろう。

Posted by tomo at June 1, 2004 1:55 AM | iTunes | TrackBack |

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