§ ネットワークの持つ可能性を理解する

参考:人々をゆるやかにつなげるウェブの本質と行方
参考:ネット世代とPC世代を分ける「インターネットの隠れた本質」

ずいぶん前のエントリーだけど、他のエントリーとくっつけて内容を再編。

---

「ネットワークに接続することによって得られるメリットとは?」と、繋がっていない人に訪ねられたらどう答えるだろう。コミュニケーション? 速報性? 経験の一部の並列化?…。

それをうまく文章で表現する自信がない。

それでもとりあえずメモっておくと、私の場合は「新しい概念の獲得」と答えると思う。繋がったときに得られたものは繋がっていなかったときには発想さえしなかった「かたち」と可能性を持っていた、ということ。

自分もそうだったのだが、繋がっていない人は繋がるメリットを知らない。それによって必然的に起こる思考の拡大や発想の大きな転換にも思い至ることはない。これは繋がっていないものの中で生活していては決して得ることのできない感覚だ、ということに気がついた。

はじめてウェブに触れた頃は、「通信して何が面白んだろう?」などと思っていた。そうは言っても、チャットしたりBBSに書き込んだりするのは確かに面白みがあったし、ぜんぜん違う国のヒトのサイトを眺めたり読んだりするのは世界が広がった気がして楽しかった。でも、それは新作ゲームを初めてやったときみたいな感覚で、それ以上でもそれ以下でもなかったのは確か。

それがだんだんポジティヴな方向にシフトしはじめて、自分の中でその傾向を確立するのに決定的な役割を果たしたのが「関心空間」だった。コミュニティ・サイトとか盛んに言われていた頃だと思う。自分の関心事と他の人の関心事が絶妙な距離感でシンクロし連鎖してゆく感覚がとても新鮮で、他のメディアでは決して感じる事ない感覚を得る事が出来た。(ハマりすぎて心配されたけど…)

それまでもウェブサイトは双方向コミュニケーションが成立していて、(原始的ながら)すでにスタイルが確立されていた。しかし、それぞれのサイトはそれぞれにスタンドアローンであるような印象がぬぐえなかった。たしかに相互リンクしたり、googleを通じて関係づけられていたりしていたわけだけど、それらは本当に別々の場所でかたられたことにたいする、本当にただの「リンク」でしかないように感じられていた。確かにBBSではもっと緊密なコミュニケーションがとられていたけれど、多くの場合、それぞれの板でトピックは一つに限られ、それを膨らませて関連トピックを派生させるような語り方は少なく、また、それはあまり好ましいものではないように扱われていたように見えた。実際、それで板が乱立することになるわけだけど、板と板の関係をなんらかのカタチで定義し、相互に関連づけるような枠組みは確立されていなかったように思う。

自分の中でのそんな感覚が変化しはじめたのは、blogが脚光を浴び始めた頃。とにかくTrackbackが生み出すリンクが面白くて、いろいろなblogをハシゴして読みあさった。特定のトピックに対してピンポイントでリンクされ、それらが集約され、さらにそれぞれの論議が平行したり同期したりする、その距離感がわたしの求めている感覚に近かった。周辺トピックが平行して語られたりすることを許容するようなユルさを備え、そこからさらに新しいトピックが産み落とされたり、そこで生まれた新しい視座をそれぞれで共有することが出来たという点。それを明確にビジュアライズしたのが「関心空間」だった。

そんな感じで自分の中にある感覚が変化していったわけだが、ある時突然、繋がっているときは接続されているリソースを多重に意識していることを自覚したことがあった。

もっと明確に書いてしまうと、関連する複数のトピックを同時に意識して(少なくともその気配を感じて)いることが多くなった。「このトピックの背後にはこんな感じのリソースがあるんじゃないか」と予測してサーチしたり、キーワードあるいはキーフレーズに対してそれぞれリンクを意識したり。ことばとことばの相対的な関係をより具体的なかたちでイメージできるようなったと言えばいいのだろうか。

とにかく、自分が一度に意識するトピックのポインタが複数それも複層になったことが最も驚くべき変化だった。これによって得られた思考の開放感というのはネットワークを通して自分が得た最大の成果だと思う。

ネットワークがもたらしてくれる魅力はこの開放感がもたらしてくれたものだ。この開放感がわからなければ、分散されている知を繋ぐことのメリットやそこから副次的に生まれる新しい可能性について語ったところで、その重要性は理解できないだろう。それはコール&レスポンスという単純なコミュニケーションの持つよろこびではなくて、意識というか認識の拡大がもたらすよろこびなのだ(と思う)。

とにかくスタンドアローンでいる人にネットワークを語っても、その可能性を理解することはできないんじゃないかと。とにかく繋げて体験を蓄積させる。このことでしかネットワークが持つ可能性を感じてもらうことはできないのかもしれないと思った。

Posted by tomo at January 6, 2004 7:57 PM | MISC | TrackBack |

Comments

Post a comment

Thanks for signing in, . Now you can comment. (sign out)
(If you haven't left a comment here before, you may need to be approved by the site owner before your comment will appear. Until then, it won't appear on the entry. Thanks for waiting.)

サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


Remember me?