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安倍吉俊(原作)

放送終了から約1年経過した今、はじめて『灰羽連盟』を見た。その存在に気づいたのは先週だが、短期間ですっかり魅了されてしまった。

もっとはやくその存在に気づいていたら…と思うと悔しい。

頭に天使のような光輪のある灰色の翼をもった灰羽。主人公であるラッカ(落下)が灰羽として誕生するシーンからこの物語ははじまる。実はそのシーンこそが物語の中で最も重要な場面の一つであるのだが、それを知るのは物語が大詰めを迎えた頃になる。

この物語が何を語りかけていることは特に目新しいものではない。いくつものパラフレーズを経ている普遍的な主題だ。おそらく主人公が灰羽ではなかっとしても同じことを語ることができるかもしれない。しかし、それではこの物語が持つ日常的な穏やかさにつつまれた神秘的な美しさを描き出すことはできなかっただろう。

実際、絵がとても美しい。地上波用アニメとしてはかなりハイレベルな仕上がりになっているような気がする。キャラクターもよい意味でアニメ的な親しみやすさを残しつつ、要所では激しい形相で心情をあらわす。シンボルとしてのキャラクターとしてはよいバランスだと思う。

いろいろなところで検索してみると、設定は村上春樹の作品に強い影響を受けているようだ。ちなみに私は村上春樹の作品は読んでいないから、それがどのような効果をこの作品にもたらしているのかはわからない。…もっと言ってしまうと、そんなことはどうでもいいような気がする。

最初の段階では「灰羽とは?」という素朴な疑問を主人公とともに追いかけることで話が展開されて行く。だから、村上春樹作品に影響を受けているとすればそれを知っているほうが2次的なよろこびは増えるかもしれない。しかし、それはこの作品が持つ魅力の本質ではないような気がする。壁や灰羽の秘密に関しては最終話にレキが語っている。私にとってはそれで充分で、灰羽の存在理由や壁の秘密は主人公たちの立場を明確にするために必要なアイテムにすぎないような気がする。「巣立ち」という離別が「死」によってもたらされるのであれば、すべての葛藤は生への渇望に転化されてしまってこの物語はもっと陳腐な内容になっただろうから。

私がこの作品に大きな共感をおぼえたのは主人公たちの心の動きなのだ。ラッカとレキを中心としながら、彼女たちをとりまく仲間や心優しい町の人たちとの交流の中で、自分のこころの貧しさに気づき、それと向き合い葛藤する。そのプロセスで見せた心の動きにはいくらかの真実が含まれているように感じられてならない。彼女たちの葛藤には自分が通過してきた葛藤と等質の苦しさが含まれていたから。

自分がいる場所を自分ではない他人を生かすために使うべきでないのか、あるいは自分は(他人を押しのけて)その場所を得るにふさわしい価値を持っているのかという疑問。それは自分を厳しく見つめ直さなければならないような環境、あるいは克己する強い精神が生み出す疑念だ。多くの場合、必要十分な愛情を受けることなく成長してゆくと、自分の存在に対して大きな疑念をいだくものだ。自分が愛されないのは自分に何か原因があるからなのではないか、と。自分の存在に疑問をいだかない人はこの疑問を持つことさえない。それは、自分と他人との関係を何の疑問もなく絶対的に信頼しているから。自分ではない誰かから必要十分なフィードバック受けているから。

「自分にはたすけてもらう価値のあるのか?」という問いには自分では答えられない。この問いの無限ループから抜け出すには「自分ではない他人」のたすけが必要なのだ。しかし、「たすけて」というためにはこの問いの迷路から抜け出さなければならない。抜け出すためには「妥当性」ではなくてたすけてほしいという、理性を超えた感情というか「想い」が必要だ。また、そんな人をたすけるために必要なのも理性を超えた想いなのだ。誤解を恐れずにもっと言ってしまうと、愛しているからこそできることであって、それは理性から導きだされる妥当性によるものではないのだ。

この想いを実感することなしに人が救われることはない。だから、自分が受けている愛情に気づくことがなければ、結果として同じ疑念に蝕まれてしまう。ある意味で、贅沢な苦しみなのかもしれない。しかし、その愚かさに気づくためにも他人から受ける愛情が必要なのだ。理性を超えた強い想いが。

私はもう大人になってしまったから、ラッカがレキの告白を聞いて彼女への信頼を一瞬失ったとき、ラッカの心の弱さにもどかしさを感じてしまう。レキを本当に救いたいのであれば、あの時すぐに強い愛情でレキを包み込むべきだった。いろんな矛盾や誤解や悲しみのすべてを受け入れて。それでも、クラモリの絵とレキ自身の日記を見てレキに対する自分の気持ちを確かめて、最後にはレキを救うことができたからよかったのだけど。

私は大人になったからそんなことを思う。通ってきた道だから。既にたくさんの愛情を受けて、またそれに応えるべく愛情を交わして生きているから。

私たちは皆、異なる精神世界を生きている。だから、この作品からまったく別のことを感じ取る人もあるだろう。それでも、この作品から何を感じ取ればよかったのか考えてみることは、自分が幸せになるためにちょっとは役に立つことだろう。

Posted by tomo at December 12, 2003 8:13 PM | MISC | TrackBack |

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